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何とも衝撃的な始まりようをした今日という1日も、
過ぎてしまえばあっと言う間で。
さすがに 片やがちんまりとした女性という存在になったせいか、
ところどころで いつもとは違ったやり取りがありもして。
『…あれ? ブッダ、棚の上に手が届かないよぉ。』
『あ、私が取るよ。なに? 新しいティッシュかな?』
普段は逆なのにね、困ったもんだねぇなんて苦笑し合ったり。
そうかと思えば、銭湯に出掛けたおりなぞ、
『…はっ、しまった。キミ、一人で大丈夫?』
『え? ………あ。』
片やは女湯に入らなきゃいけないのを、寸前まで失念していて。
いやイエスとて、今更 女性の裸へ動揺なぞしないが、ただ、
『いいかい?
シャンプーするときは、
まず、手近な洗面器へお湯を張っておくんだよ?
目が開かないとコックでの温度調節は出来ないでしょ?』
『…うん、判った。』
『その冠の葉が伸びるのは知っているけれど、
乾いたあとで落ちたのは、
ちゃんと集めてごみ箱へ捨てるんだよ?
脱衣場を散らかすのはマナー違反だからね。』
『は〜い。』
ささやかながらも大事なところをあれこれと、
ブッダが先んじて手を出したり、
さりげなくフォローしたりしていたらしく。
今日だけはそれが出来ないからと、
下駄箱の手前でレクチャーし直す始末だったりし。
“そっか、
こういうことになったらを考えると、
日頃 甘やかすのも考えようだなぁ…。”
ブッダ様のその心掛けは決して間違ってはいませんが、
でもでも こんなことは滅多に起きませんてば。(苦笑)
しっかり温まっての帰り道でも、
『あ、久し振りのお月様だvv』
無邪気なことを言うお声が何とも可憐なメシア様の、
湯上がりの ほわんとのぼせた愛らしいお顔へと。
男性としての元の面差しにも うつつを抜かしている自分のみならず、
周囲の視線が集まって…いるような気がしてならず。
これ以上 無防備に晒して、関心を持つ人を増やしてなるものかと、
イエスの小さな手を取ると、急いで帰ろうねとばかり、
ついつい速足になってしまったブッダだったりというような。
何とも微笑ましい種のイレギュラーなことも
多少はあったようだけれど。
ブッダが腕を振るったご飯に、美味しいとお顔をほころばせ、
ブッダが靴下のほころびをかがるのを、興味津々と覗き込み、
ブッダが手加減してくれたパズルに、困り顔で手詰まりし…と、
結局は その大半の時間を、
いつもと同じように過ごした彼らだったようで。
徐々に近づく夏をこれも示すか、
随分と長くなったお昼間ではあるが、
それでもすっかり宵も深まり、
表は夜陰に包まれての暗くなった頃合いともなれば、
「ふぁあぁ〜〜。」
基本 夜型で、
いつもならまだまだ元気りんりんな時間帯だというに。
テレビを見ていて言葉少なになったなぁと思いきや、
小さなお口を大きく開けてという、
随分と無邪気な欠伸を洩らし始めたイエスに気づき。
おやまあとブッダが苦笑して、
「もう寝ようか。」
「あ…、うん。///////」
いつもより早めに布団を敷くことと相なった。
朝早くのこととは言え、途轍もなく感情が動いたそのまま、
恐らくは興奮しっぱなしの一日を過ごしたイエスだったようで。
心配は早い時間に払拭されたとはいえ、慣れない体で過ごしもしたのだ、
本人の自覚も薄いまま、それでも思う以上に疲れたのだろうて。
「願い事の効果も一日きりだそうだから。」
「うん、明日起きたら元通りだね。」
今から隣で寝るというに、それでも最低限の礼儀だと言い張って、
イエスが着替える間、律義にも玄関の外へ出て行ってしまったブッダを、
洗いたてのパジャマTシャツとイージーパンツという姿になると、
もう着替えたよと呼び戻しての、さて。
丁寧に敷かれた布団へ先に横になって、
胴までを掛け布団で覆った格好になり、
天井へ向けて腕を伸ばすと、パッと手を広げて見せて、
「小っさい私も今夜限りかぁ。」
何ともしみじみと言うイエスなのへ、
おやとブッダが目を見張る。
「なに? 何かやり残したとかあるの?」
戻れると判っていてこその安堵からだろうが、
なればこそ、もうちょっと女性でいたかったのかなと感じたためで。
そんな意味で訊いている彼だというの、
そこは判るか、う〜んとあらためて考えてみてから、
「私は 特にないけどね。」
「???」
私はという言い回しが飲み込めず、
ブッダが んん?と小首を傾げておれば。
延ばしていた腕を降ろすと、胸元へ引き込むようにしつつ、
そのまま彼のほうを向く姿勢になるよう、
細い肩を立てるようにして横を向いたイエスであり。
女性としての体が柔らかいせいもあろうが、
それらの動作が何ともしなやかで。
ああ こういうところは日頃のイエスでは見られないことだなと、
そちらはまだ布団の上へ座ったまま、和んだ眼差しで見やっておれば、
「だから。
ブッダが何にもしてくれなかったから…。」
「…何にもって。」
脈絡もなく、一体 何を言い出すやらと、
ついつい軽く斜めになってコケてしまった釈迦牟尼様だが、
「慣れない相手だからって、
いろいろ気を遣ってくれたのは判るけど。」
無造作に胸元近くへ投げ出された手の、
やわらかな輪郭の向こうで、細い肩がもそりと揺れて。
「今朝ほど甘えてくれないし。」
いやあの、あれは…と、
切羽詰まったまま か弱い肢体を抱きすくめたことを、
妙にありありと思い出して赤くなったブッダなのへ、
「明日には戻るんだって判ったから、
女体の私には関心さえないのかなぁって。」
どっちも同じ私なのにと、
ぽつりと小声で呟いたのが、何とも切なく聞こえたため、
「違いますよ。」
はあと肩が落ちるほど深い吐息をついてから、
イエスこそ察してくださいなと、哀願するよに言葉を返す。
「女性になってしまったキミがこうまで愛らしいなんて、
それだけで、意識する度合いも高まってしまうというものです。」
解脱した身の私でも、どれほど自制が要ったことか…というのは、
さすがに禁忌に触れるのと、ちょっぴり癪だから 内緒だよと伏せ置いて。
買い物に出たおりにも、ちゃんとお話ししたでしょうにと、
やや恨みがましげな風を装い、チロリと斜めな視線を送って見せれば、
「う…。///////」
終始 泰然とした落ち着き保って、頼もしい人だったものが、
いきなりちょっぴり色香を増させたとあって。
それを感じ取ったイエスが ううと怯む。
清廉知的な最聖だからといって、油断めさるな ヨシュア様。
あなたが無邪気なお顔のその陰に、
途轍もなく深くて濃密な、
ゆえに怒からせると そら恐ろしいものへ転化する覇気を保持するためにと、
とんでもない包容力をお持ちなように。
優しい面差しの陰へ、
繊細微妙な気色、輻輳させて染ませておいでの如来様。
東洋独特、さらりとウェットな色香は、
脂ぎってはないからこそ、
香木の芳香のように、それは奥深いところで常に息づく機会を待っており。
それでなくとも好いたらしい相手だけに、
みぞおち辺りに甘い微熱を感じてしまったイエス様、
それは判りやすくも あわわとうろたえてしまい。
真っ赤になったお顔を、
手近になってた掛け布団の端っこで隠しつつ、
「だ、だから。///////」
イエスとしては、そうじゃなくってという、
別の“言いたいこと”があるようで。
これまた、滅多に見ない あからさまな含羞みように、
可愛いなぁと惹かれてしまい、
「だから?」
少しばかり悪戯心が起きてしまったのも、
含羞むイエスの思いの外な愛らしさに そそられたからかも知れぬ。
イエスが不満を覚えたほど、紳士的に距離を置いていたくせに、
腰を下ろしていた布団に腕をつき、
少しほど前のめりになって、イエスが横になっている側へやや近づけば、
「〜〜〜。///////」
口許や鼻先は隠してもそこだけ出ていた目許が、
あわわと またうろたえたように泳いだものの、
「だ、だから。」
「だから?」
「今の私には、ブッダの、あ、あの…。//////」
今更 恥ずかしくなったか、
その言いようがたわむように乱れたものの、
それでも身を遠ざけようとか逃げ出そうとはしないまま。
布団越しに、何とか もしょりと紡いだ健気な一言があって。
「あ、あか…ちゃんが。////////」
細切れで、しかも尻すぼみだったが、
彼が えいと頑張って紡いだ一言は、
今の私なら、ブッダの赤ちゃんが生めたかもしれないのに…
「………はい?」
頭の中で、その文言が出来上がっても、しばし意味が判らなんだ。
自分たちにはあり得ないことだし、それ以前に、
“いやいやいやいや、キミ何も知らないくせに。///////”
自身が聖女の母胎から生まれた身な上、
身体的な思春期を迎える前に神の子として目覚めてしまったため、
仕方がないっちゃないのかも知れないが。
男性と女性が睦み合えば やがて女性が身ごもって生まれると、
今もまだ、それはそれは大雑把にしか知らないくせに。
“……。”
こちらからも、そうという把握をしたままでいたというに、
だっていうのに、他でもないこの自分へ
そんな切ない望みを向けられてしまってはね。
“まったくもう…。/////////”
何ともピュアな人であることを、
こんな形で今また あらためて思い知らされて。
布団の陰からそこだけ出して、
お返事は?と見やってくる玻璃の瞳に、苦笑を返す釈迦牟尼様で。
崇高な愛を素として慈しみ合えば、
そこから自然と紡ぎ出されて新しい命が生まれると。
そのような御伽話を信じている彼を、
だがだが、無垢なものよと子供扱いしかねている、
そんな内なる自分にも気づいてしまい。
そこへのほろ苦さへ苦笑を見せつつ、
「…そんなのダメだよ?」
深瑠璃の双眸をやんわりとたわめたまま、
ブッダは静かな声をそれはそれは甘く低め、
大切な人への応じを返した。
途端に細い眉がちょっぴり下がったのは、
やっぱり私じゃダメなんだと がっかりしてしまったからなのだろが、
「子供を授かるというのは
キミが思っているほど容易いことじゃあないんだよ?」
腕だけを伸ばしてくると、
冠を外したイエスの髪へ温かい手のひらをそおと伏せ、
「自分の子が生まれるというときには既に、
家を捨てていた私だから、詳細まではよく知らない。
でも、女の人が母になる最初の試練だと言われているほど、
それはそれは苦しいことだそうだからね。」
「…っ。」
あ…と表情が弾かれたのは、そこを失念していたからだろう。
誰に聞いたやら、そこは知っていたらしい彼なのへ、
「もう十分なくらい、沢山の辛いことに耐えたキミに、
その上また、そんな想いをさせられると思うかい?」
私たちには導くべき小さき者がたんといるから…などという、
言葉は悪いが“おためごかし”を言うつもりは さらさらなくて。
「私にはキミこそが大切なんだ。」
この想いに関して、誰に言われずともまだまだ未熟者。
今はまだ キミしか見えなくてごめんなさいと、
それこそ包み隠さずの本音を紡げば、
「う〜〜、仏スマイルは無しっ。//////////」
「そんなの発動させてないよvv」
余程にするすると胸の芯へと届いたか、
首を引っ込める亀の子よろしく、
ますますと布団の陰へ潜ってしまったイエスであり。
これはもうもう、彼としてもこのお話は続けられまいと感じ取り、
身を起こして膝立ちになると、電灯から下がる紐を引く。
「おやすみ、イエス。」
静かな声を掛けたれば、
がさごそとカバーやシーツが擦れる気配が聞こえた。
寝相を決めてもう寝るらしいと判断し、
ブッダもまた、自分の寝床へ横になって。
それから…しばらくすると、
くぅんくぅん・きゅうんという、
何とも切ない鼻声が聞こえて来たものだから
あれまあとの苦笑も面映ゆく、
いつもとは呼ばれようが違ったものの、
しょうがないかと、
お隣へ寄ってくしかなかった如来様だったようで。
真珠色のお月様が、
何とも睦まじいお二人を見下ろす中で、
静かに静かに宵は深まり
ちちちち、ちゅんちゅん、ちち・ちちち…と
初夏の早い夜明けを前に、
空全体が早々と
薄明るい曇天みたいな
かわたれどきの明るみ、
満たした頃合いがやって来て
「 ………。」
今日は空模様はどうだろか。
雨の音は聞こえないなぁ。
小鳥のさえずりも伸び伸びと聞こえるし、
何とか保ちそうなのかなぁ…と。
意識が ぼんやりと、だがするすると、
現世への扉を目指して浮上する中、
そんなこんなを一つずつ、
今生の幸いとばかり、
拾い上げていた釈迦牟尼様だったが。
「あ…。」
いつものように、自分を掻い込む腕に気づいて。
自分をくるみ込む薔薇の匂いに気づいて、
頬を寄せている胸板の堅さに気づいて、
知らずほころぶ頬や口許なのへ、
照れ臭さが尚の笑みを上塗りする。
懐ろから見上げれば、
それは無心に寝入っておいでの、
彫が深くて、やや気難しそうな寝顔が
こちらを見下ろしていたものだから。
ああお髭も懐かしいなと、ますますと微笑まれた如来様、
愛しい君の胸元にぎゅうと深くい抱かれたまま、
「…お帰り、イエス。」
そんなご挨拶を、こっそりと捧げたのでありました。
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*ここまで書いてやっと気がつきましたが、
今回のこのお話、イエスが女の子だったからでもありますが、
微妙ながら ブッダが何かと左ポジションぽくて。
そしてそういう描写が、特に苦ではなかった私でして。
リバありだったか、う〜ん。(何に感銘しとるか、こやつ…)
めーるふぉーむvv
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